NOTES

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『TOKKURITEI』について

『TOKKURITEI』という写真集を造った。110では企画、編集、仕様設計、装丁まで一通り担当している。
題材は神奈川県湯河原町にある登録有形文化財の住宅、「尾崎家住宅主屋」。住んでいる尾崎夫妻はこの家を「徳利亭(とっくりてい)」と呼んでおり、書籍のタイトルもそこから取った。名前の由来は、尾崎徳さんと利子さんの一字ずつ、そしてお酒の「とっくり」の意味も重なっている。

そもそもの依頼は、写真集ではなかった。
20年ほど前、東海大学の教授がこの家を題材に学生に卒業論文を書かせていて、その論文を複製したい、というものだった。寄贈された原本はかなり傷んでいて、尾崎夫妻としては「自分たちの証として残したい」という思いがあった。
ただ、正直に言うと、論文そのものはあまり面白くなかった。学部生の卒論らしく、形式的で、徳利亭そのものについての記述も多くはない。これをそのまま複製しても、この家や夫妻の記憶として残るものにはならないのではないか、という違和感があった。

一方で、家そのものには強く惹かれた。
大正期の和洋折衷建築で、有隣堂の創業者・松信大助の終の住まいだったという背景もある。尾崎夫妻が見つけた頃にはかなり傷んでいたそうだが、宮大工を入れ、膨大な費用をかけて昔ながらの技法で少しずつ修繕してきたという。

家具や骨董も「展示」ではなく生活の延長としてそこにあり、きれいに整えすぎた資料館のような空気はない。人が暮らし続けてきた家の気配や生活のうねりのようなものがそのまま残っていた。
この家とこの夫婦の暮らしを、かっこつけず、そのままのかたちで残したい。
論文複製の話はいったん横に置いて、写真集としてまとめることを提案した。ありがたいことに、尾崎夫妻もその考えに賛同してくれた。そこから約1年、何度も湯河原に通いながら、少しずつ形にしていった。

部数は100部ほど。最初から広く頒布することは考えていなかったので、建築のスケール感に合わせて、少し無理のある仕様にした。B4サイズの布張り上製本で印刷・加工もいろいろとやってみた。手に取ったときに、写真だけでなく「家の奥行き」や「空気」まで感じてもらえたらいいなと思いながら、細部を詰めていった。
工数が多いので、校正も大変だった。関わった人間全員が、完成したときに「やっと終わった」と口にするくらいには。でも、それも含めて、ちゃんとやり切ったという実感があった。


部数は少ないけれども、尾崎夫妻が心から喜んでくれたことが、何よりだった。制作を通して関係は深まり、気がつけば孫と祖父母のような距離感になっていた。今振り返ると、写真集は副産物で、本当に手に入ったのは人とのつながりだったなと思う。
出版後、献本していた有隣堂の現会長・松信裕さんから尾崎夫妻宛に直筆の手紙が届いた。詳細は省くが、自身が幼少期にこの家で過ごした記憶や、家を残してくれたことへの感謝が綴られていた。
100部しか刷っていなくても、ちゃんと届くところには届く。そういう本があってもいいと思っている。

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